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白祐山海岸寺は、天下を平定した織田信長公の命により天正2年(1574年)に創建されました。 開基は珍慶法印です。
ご本尊に定朝作の聖観世音菩薩を安置し、天下泰平・五穀豊穣を願うと共に、
当時海岸に接していたこともあり、海上交易を進めていた信長は、金比羅天を尊び海上安全を祈祷。
江戸時代には領主志水甲斐守が正宗の宝剣を奉納し、大高城鎮護を祈祷。嘉永年間に火災に遭いましたが、昭和18年(1943年)に
奉賛会慈婦会を結成し、堂舎の整備がされ、殊に浄光法尼の寄進により、本堂及び仁王門が新築され、現在に至ります。


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大高城は東西約107m・南北約33mで16世紀初頭に築かれた平地の中にある
小山を利用して作った平山城です。
桶狭間の戦い(1560年)では今川方の前線基地となり、徳川家康
(当時は松平元康)が織田信長の敵方として兵糧を入れたことで有名です。
家康にとっては、長い捕虜生活から開放され新しい門出となった記念すべき場所
です。 また大高は東海道及び知多半島の玄関口であり、敵が攻めてきた時の砦
として、平和時には精神的な護り神として、織田信長にとっても重要な城でした。
昭和13年(1938年)に国の史跡に指定されました。



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名称 白祐山海岸寺(はくゆうざん かいがんじ)
法人名 宗教法人海岸寺
墓地埋葬許可番号 19指令健環第259号
住所 〒459-8001 愛知県名古屋市緑区大高町田中14
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TEL 052-621-4808
FAX 052-621-4845
創建 織田信長の命より1574年(天正2年)
開基 珍慶法印
本尊 聖観世音菩薩・一光三尊阿弥陀如来
寺宝及び文化財 聖観世音菩薩像・金比羅天像・大黒天像・一光三尊阿弥陀如来像
住職 第二十一世 川口圓玄